羽田市場と言う地方のお魚を安く買うことができる会社をご存知でしょうか。

 

善逸
羽田市場ってどんな会社なんだ?

 

羽田市場は野本良平さんと言う方が作られた会社です。

 

地方創生を目的として、地方の漁師さんが取った魚を、取ったその日に東京など遠くの地で食べられるようにしようと考えたのが、羽田市場の始まりでした。

 

羽田市場は安く地方のお魚が食べられると、話題沸騰中なので、ぜひチェックしてみてください。

Table of contents

羽田市場ができるまでのストーリー

先ほどもご紹介した、羽田市場は野本良平さんが作った会社です。

 

羽田市場を安定した企業へと成長させるまでには、かなりの苦労があったようです。

 

まず、野本良平さんは地方の魚を新鮮なうちに東京で買うことができるようにしたいと考えました

 

通常のさかなの流通システムをご存知でしょうか?

通常の魚の配送システム

  1. 漁師が魚を取る
  2. 配送業者が魚を都会の市場まで運ぶ
  3. 卸し業者が魚を購入する
  4. 料理屋が魚を購入する

 

    上記のような、さかなの配送システムを行っているため、魚が取れてから料理屋に届くまで、3日から4日ほど時間がかかってしまいます。

     

    しかし、鮮度が命の魚は、取れてから3日から4日ほど時間が経ってしまうと、魚本来の味を失ってしまいます。

     

    野本良平さんは、どうすれば地方の新鮮な魚を東京などの大都会で食べられるのか考えました。

     

    通常の配送システムでは車を使っているため、輸送に時間がかかってしまいます。

     

    そこで野本良平さんが考えたのは、魚を空路で運ぶ方法です。

     

    空路であれば、魚を1日で地方から東京まで運ぶことができます

     

    そしてこの野本良平さんが考える新しい魚のデリバリー方法を実現するには、いろいろな困難や壁がありました。

     

    1つめの壁 地方の漁師さんを納得させる

    地方の漁師さんは、基本的に東京など遠くの市場に魚を運ぶ場合は、卸業者を経由して販売することが通常でした。

     

    そこで、野本良平さんが地方に来て、地方の魚を卸業者を通さずに東京に売りたいから、協力してほしいと相談されました。

     

    しかし、地方の漁師さんははじめのうちは野本良平さんが言っている言葉を信用することができませんでした。

     

    もちろん、野本良平さんの空で運ぶと言うビジョンは、革新的であり誰もが驚く内容だったからです。

     

    そして地方の漁師さんは、はじめのうちは何を言ってるんだと言う状況でしたが、毎日相談に来る野本良平さんに熱意を感じ、話を聞くことにしました。

     

    野本良平さんと地方の漁師は話していくうちにうちとけました。

     

    そして漁師さんからこのような話を聞きます。

     

    地方でとれたハガツオなど足の速い魚は、東京など都会の市場で並ぶ事はありませんでした。

     

    そしてたくさん取れるハガツオは、地方では1キログラム40円程度でしたが、野本良平さんは1キログラム400円で買い取りますと言いました。

     

    新鮮なハガツオが食べれない東京では、新鮮なハガツオは1キログラム400円以上の価値があると言うことが野本良平さんはわかっていました。

     

    これは地方の漁師さんにとっても、すごくプラスになることでした。

     

    そして東京の人にとっても、地方の新鮮な魚が食べられると言うことで、地方と都会にとって両方に良い影響が与えることができました。

     

    魚を空輸で運ぶための準備

    魚を空輸で運ぶための準備として、様々な許可が必要となりました。

     

    航空会社に魚運搬の手続きをするため、野本良平さんは航空会社に行きますが、ばかげた話だとなんども話を蹴られてしまいます。

     

    しかし、諦めない野本良平さんはなんどもあしげなく航空会社に行きました。

     

    最初はばかげた話だと、話を聞いてもらえませんでしたが、地方の魚を東京に1日で運ぶという話を聞いた当時の部長が賛同してくれました。

     

    またさまざまな問題にも直面しました。

     

    羽田空港でさかなを降ろした後に魚を梱包する調理室が必要でしたが、排水設備がありませんでした。

     

    航空会社から排水設備が無いので、許可できませんと言われた野本良平さん。

     

    実際に調理室となる場所を視察に行きました。

     

    そこで、下水道につながるマンホールを見つけた野本良平さんは、排水設備をつくり、排水を下水道につなげることを思いつきました。

     

    これで見事に排水設備がないという問題をクリアした野本良平さんは、航空会社から魚運搬の許可を貰います。

     

    そして、最後の難関として、国土交通省の許可を貰う必要がありました。

     

    そこには当時の地域復興大臣の石破茂さんも同席していました。

     

    野本良平さんはプレゼンをしなくてはなりません。

     

    ここで良いプレゼンが出来なければ、夢でもある、地域の魚を東京まで空輸で運ぶことが叶わなくなってしまいます。

     

    そこで野本良平さんは考えました。

     

    それまで、プレゼンのタイトルを羽田市場というタイトルにしていましたが、『地域創生ネットワーク』にしました。

     

    地域創生を大々的に目標としてアピールすることで、地域復興大臣の目にもとまり、良い印象を与えることができました。

     

    そして見事にプレゼンを成功させて、野本良平さんは、国土交通省の許可を得ることができました。

     

    これで全ての準備が整いました。

     

    羽田市場がオープンしてからの状況は?

    羽田市場がオープンしてから、売上は上々でした。

     

    やはり新鮮な地方の東京では手に入らない食材が食べられるということで、羽田市場の魚は瞬く間に売れていきました。

     

    何より、地方の漁師が1番の幸せに思っている、『獲った魚を新鮮な美味しい状態で食べてほしい』という願いが叶いました。

     

    野本良平さんは地方の漁師を東京に呼びました。

     

    羽田市場の出荷先の料理屋に地方の漁師を呼ぶと、実際にお客さんが地方の魚を食べて喜んでいる姿を見せました。

     

    地方の漁師さんは大変感動していました。

     

    羽田市場は1ヶ月に1億円を売り上げるほどの人気ぶりで、会社としても大きく成長しました。

     

    羽田市場と契約している漁師の数は1万人を超えました。

     

    ところが、2020年にコロナウィルスが猛威をふるうと、魚の消費量が下がり、魚の値段が大きく下がってしまいました。

     

    そのせいで、漁師は大打撃を受けました。

     

    漁師からの悲鳴を聞いた野本良平さんは漁師が取った魚を全て買い取りました。

     

    野本良平さんもすぐにコロナウィルスは終息し、また魚の需要が増えるだろうとおもっていました。

     

    しかし、コロナウィルスは終息する気配を見せません。

     

    野本良平さんは大量の魚の在庫を抱えたままになってしまいました。

     

    しかし、野本良平さんはこの問題すらも解決してしまいます。

     

    何と大量の魚の在庫が3日で完売しました。

     

    ではどうやって魚を3日で完売することができたのか?

     

    それは羽田市場のオンラインショップを作ったからです。

     

    インターネットで地方の新鮮で安い魚を買えるようにしたため、全国各地から買い注文が殺到しました。

     

    羽田市場のオンラインショップを見てみましたが、こんな食材がこんなに安く買えるのと驚きでした。

     

     

    みなさんもぜひ羽田市場をごらんになってください!

     

    記事をご覧いただきありがとうございました。

     

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